2012年12月24日月曜日

ティエリ・アンリ:孤高の頂点

普通の場合、思い出というものは映画や写真をみたり、ふとした会話で思い起こされるものだ。とはいえ戻って来て、実際に思い出を再現するというのはありふれたことではない。それが感想だった。ティエリ・アンリが2012年1月に復帰し、リーグカップ対リーズ戦で彼のトレードマークと言えるスタイルでゴールをあげた時のことだ。

 

ボックス内左側にポジションを取り、ソングからのパスを受けるために中へと切り込む。ボールが彼に届いた時、角度はかなりなかった、DFが取り囲めばゴールネットを揺らすなどありえないほどに。しかしアンリは芸術的なゴールを決めたのだ。モナコの練習場でフィットネスコーチのClaude Puelと共に作り上げたそのゴールスタイルでもって。(著者Philippe Auclairのアンリ自伝”Thierry Henry:Lonely at the Top”52ページ参照)体を開いた状態で、起用に左に傾き、ほとんど全ての体重を片足にのせてボールをゴール下右隅へ蹴りこんだ。キーパーを十分に避ける距離をあけてだ。彼が得点した時、私はこの気持ちはディエゴ・マラドーナを再びセンタサークルで見る時のナポリファンの心中、あるいは再びエリック・カントナが襟を立てるのを目にするユナイテッドファンの心境なのかと思いをめぐらせた。

 

 

 

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もちろんそれは単なる私のロマンチックな思いかもしれない。結局のところアンリは2007年にクラブを去ってからたった4シーズンしかたっていなかったし、ローンでの復帰1年半前には未だ戦力として数えられるバルセロナの選手としてエミレーツに戻って来ていた。(当時アーセナルファンはアンリに熱狂的な賞賛を与え、彼がボールに触れるとブーイングを浴びせた。彼の危険性をそれなりに認めていたからだ。ちなみにその試合は最初の20分は最もハラハラし、私が今まで見た中で容赦のないものだった。)しかしあの年齢になったアンリは私達が記憶しているアンリの立体画像に過ぎないのではという疑問があった。全盛期の力強さ、優美さ、プレイ哲学、とにかくすごいあの輝き、それらがどこに残っているのだろうと。ありがたいことにそれらの恐れはアンリへの期待や興奮でもってしても未だ抑えられてはいないにしても、和らげられた。アーセン・ベンゲルはアンリを絶対的に効果的な時間内でのみ交代枠として起用し(とはいえサンダーランド戦の決勝点は過大評価ではないが)、リーズ戦のゴールの場面はAuclairのGunnersblog.comの記事を引用するなら「アンリとベンゲル、クラブそしてファンとの関係性の象徴」となった。

 

あの奇跡のような1月の夜は”Lonely at the Top”という書籍にはいくぶん不本意な結末だ。というのもアンリとアーセナルとの蜜月の変遷を語りながら、もう1つのさえない一面を記そうとしたからだ。それがフランスでのアンリ像なのだと。フランス共和国がどのような疑念をアンリの性格にもっているとしても、そういった全ての否定的なものはワールドカッププレーオフアイルランド戦の「ハンド事件」とそれに続く彼の謙虚な、勇気のある、好ましい態度の後に噴出したのだ。キャリア初期のレアル・マドリーへのまずい移籍(それにしてもプレーで批判を跳ね返したが)や彼の飄々とした態度に首を傾げても何の役にも立たない。フランスのトーナメントにおける連敗、「恥ずべき」バスストライキによってティエリ・アンリは厳しい批判に晒された。ここで本書はより深刻な口調へと変わっていく。アンリが批判される理由の1つに、彼が2流選手の寄せ集めのフランス代表にあってお守りとしてみなされていたこと、バカ者が現れたとき英雄になる機会があったのに彼は何もしなかったことがあるのだ。(アンリの代表での立場はいぜんから疑問があった。当時の指揮官、レイモン・ドメネクも自身の回想録で認めている。彼は結局まわりからの差し迫った雑音に耐え切れずアンリを「感情的な理由」で選出したのだと。彼はアンリをトーナメントの前後でお守り、無法者集団でリーダーとしてみていた。)

 

前述のことは我々のアンリのイメージからみるとおかしいようにみえる。Auclairは読者に自国でのトラブル続きのアンリとアーセナルでの本物の英雄との2面性に気づかせるためにこうしたのだ。英雄としてのアンリはありきたりで、まったく本当のことだ。実際は英雄としてのアンリはその多くをハードワークに負っている。アーセナル時代彼は何時間もフィニッシュの練習をし、チームメイトに冷やかされた。なぜならベンゲル監督に会う前の彼は初めのうちひどかったし、監督やコーチへの信頼もなかったからだ。(モナコ時代のGerard HoullierやJean Tifanaが最も有名だろう)ベンゲルはけれど先見の明をもっていて、彼を10代でやっていたポジションで使ったのだ。

 

とはいえコンバートは自然にはいかなかった。アンリには納得することが必要だった。Auclairは納得することはアンリの分析的な精神に負っているのだと明かしている。(アンリは自身がイタリア人DF、アレッサンドロ・ネスタのような選手と対戦するのが好ましいと述べている。彼らにはアンリは素早すぎて対応できないからだ。彼がその正反対のタイプ、賢く予測をするようなギャラスやカルバーリョ、キングといったDFに苦戦していた記憶が逆説的にそれを証明している。)加えてアンリは自己分析や自分で気づくことを得意としている。

 

アンリがニューヨーク・レッドブルズからアーセナルに再加入する2ヶ月前に、彼の伝説は彫像になった。像は2002年のトッテナム戦でのゴールセレブレーションがもとになっている。それはアンリの最も素晴らしい瞬間の1つかもしれないが、彼そのものを表すものではないかもしれない。他にも多くの素晴らしい瞬間があるからだ(中略)。同様に”Lonely at the Top”もアンリの負の側面を確証しそこねたかもしれないが、それは出版の失敗を意味するものではない。

 

本書を結論づけるとすると、私はこの本にのっているアンリは実際のアンリではないと感じざるをえず、それはAuclairの感じるアンリ像といった感じだ。著者自身も本書を「自伝的な随筆」と説明しておりアーセナルの偉大な選手の一側面を著者の非凡な洞察で記しているといえる。読後にアンリをもっと好きになるということはないかもしれないが、彼に対するより深い理解を得られることだろう。

(ソース)

k:興味がわいた方はどうぞ。でも日本語訳出てないみたいですねorz

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